なくすことでしか、生まれないもの
足すことばかりが創造ではない。削り、なくすことで、初めて立ち上がるものがある。引き算が新しさを生むという話。
新しいものを作る、と聞くと、何かを足すことを想像します。
機能を足す。 要素を足す。 アイデアを足す。
でも、本当に新しいものは、なくすことで生まれることがあります。
今日は、その話をします。
足すことは、埋めること
何かを足すというのは、多くの場合、空いているところを埋めることです。
余白があると、不安になる。 だから、何かで埋めたくなる。
情報を足し、機能を足し、飾りを足す。 埋めていくと、たしかに、にぎやかにはなります。
でも、埋め尽くされたものからは、新しさは生まれにくい。 すべてが詰まっていると、そこに、想像の入り込む余地がないからです。
足すことは、完成に近づくことのようでいて、実は、可能性を閉じていくことでもあります。
なくすと、輪郭が立ち上がる
一方で、なくすと、何が起きるか。
余計なものが消えると、残ったものの輪郭が、はっきりと立ち上がります。
たくさんの言葉の中に埋もれていた、たった一つの伝えたいこと。 たくさんの装飾に隠れていた、本当に美しい一本の線。
なくすことで、それが、初めて見えるようになる。
これは、新しく何かを生み出したのと、同じことです。 そこに元からあったのに、余計なものに隠れて、見えていなかった。 削ることで、それが姿を現す。
なくすというのは、実は、見つけることなんです。
余白が、想像を呼ぶ
なくすことで生まれるものは、もう一つあります。
余白です。
すべてが埋まったものは、見る人に、考える隙を与えません。 全部そこに書いてあるから、受け取るだけで終わる。
でも、余白のあるものは違います。 その空いた場所に、見る人が、自分の想像を入れられる。
だから、記憶に残る。 自分が関わったものとして、心に残ります。
余白は、何もない場所ではありません。 見る人の想像が入ってくる、余地です。 なくすことでしか、この余地は作れません。
なくすほうが、難しい
ただ、正直に言うと、なくすのは、足すより難しいです。
足すのは、簡単です。 思いついたものを、置いていけばいい。
でも、なくすには、勇気が要ります。 これは要らない、と判断するには、何が本当に大事かを、わかっていなければならない。
わからないまま削ると、大事なものまで消してしまう。 だから、なくす作業は、いちばん深い理解を必要とします。
足すのは、誰にでもできる。 なくすのは、本質がわかっている人にしか、できない。
そこに、引き算の価値があります。
COCTOがしていること
COCTOは、足すことより、なくすことを大切にしています。
何を削れば、いちばん伝えたいものが立ち上がるか。 どこに余白を作れば、見る人の想像が入ってくるか。
それを見極めるために、まず、本質を深く理解する時間をかけます。 なくすことは、本質がわからなければ、できないからです。
足して埋めることは、他でもできます。 なくすことで、本当に大事なものを立ち上げたい方は、一度お話しできればと思います。