早く作れることは、良いことばかりではない
AIで何でも速く作れる時代に、あえて時間をかける場所がある。削られるのは作る時間ではなく、考える時間だという話。
速く作れます。本当に。
以前なら数週間かかっていたものが、今は数日でできる。 AIの進化で、制作にかかる時間は劇的に短くなりました。
これは事実で、否定するつもりはありません。 私たち自身、その恩恵を受けています。
ただ、速く作れることは、良いことばかりではありません。
速さが飛ばすもの
速く作る過程で、最初に省かれるものがあります。
それは、作る時間ではありません。 考える時間です。
何を作るかを決める前に、本来は問うべきことがあります。
何のために作るのか。 誰に届けたいのか。 この事業にとって、それは本当に必要なものなのか。
この問いに向き合う時間は、成果物には直接現れません。 だから、急ぐときに真っ先に削られます。
そして、ここを飛ばして作られたものは、たいてい「とりあえず形になっているもの」で止まります。
動く。見える。 でも、なぜそれが必要だったのかが、作った本人にも説明できない。
速さは、作業を短縮すると同時に、考える時間まで一緒に短縮してしまうことがあります。
足すのは速い。削るには時間がかかる
もうひとつ、速さが苦手にしていることがあります。
削ることです。
足すのは速い。 必要そうなものを全部入れれば、それらしい形にはなります。
機能を並べ、情報を詰め、ページを増やす。 作業としては、むしろ足すほうが簡単です。
難しいのは、要らないものを見極めて削ることです。
削るには、対象を深く理解していなければなりません。
この事業の本質は何か。 何があれば伝わり、何があるとかえって濁るのか。
そこがわかっていないと、何を削っていいか判断できない。 理解には時間がかかります。
だから、削る作業は速くできません。
速く作られたものが、どこか散らかって見えるのは、このためです。 足す時間はあっても、削る時間がなかった。
速さのコストは、後から払う
急いで作ったものには、共通した結末があります。
何の会社か、伝わらない。 あれもこれも載っているが、いちばん伝えたいことがぼやけている。
誰にも刺さらない。 全方位に向けた結果、特定の誰かの心には届かない。
そして、しばらくして作り直すことになる。 違和感が積もって、結局ゼロから考え直す。
速く作った分の時間は、確かに節約できています。 ただそのコストは、消えたわけではありません。
伝わらない期間の機会損失として、作り直しの手間として、後から時間差で支払うことになります。
速さは、コストを消すのではなく、後ろに繰り延べているだけのことがあります。
時間をかける場所を、分ける
誤解のないように書いておくと、これは「速さは悪だ」という話ではありません。 懐古趣味でもありません。
作る速度は、上げていい。 むしろAIで上げるべきだと思っています。
手を動かす部分、形にする部分は、速ければ速いほどいい。
時間をかけるべきなのは、作る前の「決める」部分です。
何のために作るのかを決める。 何を載せ、何を載せないかを決める。 誰に向けるのかを決める。
ここは速くしてはいけない。 というより、速くできない。
ここを丁寧にやったものだけが、作り直しにならずに残ります。
作る速度を上げて、決める時間を確保する。 速くなった分を、考えることに回す。
それが、速く作れる時代の正しい使い方だと考えています。 速さそのものではなく、速さで浮いた時間を何に使うかが問われている。
COCTOがしていること
COCTOは、速く作る会社ではありません。
速く作ることは、今や他でもできます。 私たちがしているのは、作る前に一緒に決めることと、要らないものを削ることです。
何のために作るのかを問い、本質だけを残す。 時間がかかるのは、いつもその部分です。
とにかく速く形にしたい方には、他に良い選択肢があります。 何を残すべきかから一緒に考えたい方は、一度お話しできればと思います。